旅館の事業承継を
相談する前に(手元でそろえる資料と、相談で最初に確認すること)

事業承継は、まず誰に相談すればいいのか。相談先の一覧を探す前に、手元でそろえておくと相談が早く進む資料があります。私は、地方で廃業寸前だった創業140年の旅館を、自ら事業承継した当事者です。継ぐ側として最初に見せてもらった「棚卸し一枚」の中身を裏返して、継がせる側が相談の前に用意すべき資料と、相談で最初に確認することを、正直にお伝えします。

事業承継の相談を前に準備を進める、創業140年の旅館の外観
FIELD — RYOKAN / JAPAN  ·  この旅館

先に結論。相談の前に、棚卸し一枚をそろえる

事業承継を考え始めると、まず「誰に相談すればいいのか」で手が止まります。相談先の一覧は、検索すればいくらでも出てきます。ですが、当事者として一つだけお伝えしたいことがあります。相手を決めるより先に、手元でそろえておくべきものがある、ということです。

結論から書きます。相談の前にそろえるのは、豪華な事業計画ではありません。いま残っているものを、良いところも悪いところも含めて一枚に並べた「棚卸し」です。私は、廃業寸前だった旅館を継ぐ側として、この棚卸しの一枚を最初に見せてもらいました。この記事では、その中身を裏返して、継がせる側が相談の前に用意すべき形にしてお伝えします。

1
残っているものを、一枚に棚卸しする。建物・借入・権利・許認可・お客様・働く人。良い部分だけでなく、弱い部分も並べます。これが、どの相手に相談するときも土台になります。
2
相談の場で聞かれることを、先に想定しておく。相手が最初に知りたいのは、夢ではなく現実です。建物はあと何年もつのか。借入はどうなっているのか。許認可は引き継げるのか。ここに答えられる準備をしておきます。
3
相談する相手は、後から選べばいい。顧問税理士、金融機関、公的な相談窓口、私たちのような支援者。この一枚さえあれば、どの相手に持っていっても話が始まります。相手選びで止まらないことが大切です。

ここから先は、私が一つの旅館を継いだときの、実際の記録です。相談先の名前を並べる話ではありません。相談の場に何を持っていくと、話が具体的に動いたのか。その当事者の記録を、そのままお伝えします。

「相談先の一覧」より「相談の準備」の話をする理由

この記事では、相談先の一覧を細かく並べることはしません。理由は二つあります。

一つは、相談先の一覧は、すでにどこにでもあるからです。国や自治体の窓口、金融機関、士業の先生、民間の仲介会社。名前だけなら、検索すればすぐに出てきます。同じことを、私がもう一度並べる意味はありません。

もう一つは、制度の記述は、すぐに古くなるからです。公的な窓口の名称も、相談の要件も、費用も、制度の改定で変わります。今日ここに正確に書いても、来年には違っているかもしれません。古い情報を残すことのほうが、かえって不誠実だと考えています。

私が一次情報として書けるのは、そこではありません。継ぐ側として、相談の場に何を持っていくと話が前に進んだのか。実際に何を最初に聞かれたのか。ここは、当事者にしか書けない部分です。だから、相談先の一般論は最小限にとどめて、準備の中身に絞ります。

相談する相手そのものの選び方や、廃業と承継のどちらを選ぶかという入口の判断は、別の記事「旅館の廃業・事業承継を考える前に」にまとめています。この記事は、その相談に行く「準備」の一点に絞ります。

いま自分が、承継の4つの段階のどこにいるか

「事業承継」と一言でいっても、読む方の段階はさまざまです。まず、自分がいまどこにいるかを確かめると、この記事のどこを読めばいいかがはっきりします。段階は、大きく4つに分かれます。

1
廃業か、承継かを迷っている段階。続けるか、たたむか。まだ入口で迷っている段階です。この判断は「旅館の廃業・事業承継を考える前に」にまとめています。
2
継ぐ相手を探している段階。承継する方向は決まったが、継いでくれる人が見つからない段階です。継ぐ人の探し方は「後継者がいない旅館は、継ぐ人をどう探せばいいか」にまとめています。
3
相談に行く「準備」をしている段階。相手に会う前に、手元で何をそろえるか。この記事が扱うのは、ここです。
4
承継の進め方を、順番で知りたい段階。棚卸しのあと、どんな順番で手続きが進むのか。実際にやった順番は「旅館の廃業・事業承継を考える前に」の後半にまとめています。
事業承継の4つの段階。廃業か承継かの判断、継ぐ相手を探す、相談の準備、承継の進め方の順で並び、この記事は3番目の相談の準備を扱うことを示す図

この4つは、順番につながっています。多くの方は、1番と2番を行き来しながら、3番の準備にたどり着きます。どの段階にいても共通して効くのが、次にお伝えする「棚卸し一枚」です。判断にも、相手探しにも、相談の準備にも、同じ一枚が土台になります。

相談の前にそろえる資料は、残っているものの棚卸し6つ

私が継ぐ側として最初に見せてもらったのは、立派な計画書ではありませんでした。休館していた宿に、まだ残っているものを、一枚に並べた棚卸しでした。

継ぐ側が本当に知りたいのは、夢ではなく現実です。建物はあと何年もつのか。借入はどうなっているのか。許認可は引き継げるのか。良い部分だけでなく、悪い部分も含めて一枚に並んでいると、相手は安心して話を進められます。隠された欠点が後から出てくるより、最初から全部見えているほうが、ずっと信頼できるからです。

この棚卸しを、つまり継いだ側が確かめた項目を、これから継がせる側が用意する一覧に置き換えると、そろえる項目は6つになります。私が実際に確かめた、残っていたものを整理した6つです。

1
建物と設備の状態。屋根や窓は無事か。厨房・水回り・空調は使えるか。すぐ直す必要がある箇所はどこか。人が動かなくなっただけで構造は残っている場合も多いので、掃除と入れ替えで戻せる範囲と、大きな修繕が要る範囲を分けて書きます。
2
借入・債務の状況。返済がどれくらい残っているか、保証はどうなっているか。相手が最初に知りたがるのが、ここです。金額そのものは相談する相手にだけ見せれば十分ですが、承継後も返済が続くのか、清算という形で整理されるのかは、引き継ぐ側の負担を大きく左右します。金融機関に残高と返済条件を確認すれば分かります。
3
温泉などの権利。温泉は、湧いているから使える、というものではありません。誰が権利を持ち、どう分け、どう引き継ぐのか。まず役場で確認できます。権利まわりは、口約束でなく、引き継ぎの手続きの形で書いておきます。
4
許認可の状態。旅館業の許可、消防の設備、食事を出すための手続きなど、宿を開けるために要る許認可を並べます。引き継げるのか、取り直すのかで、その後の段取りが変わります。窓口が分かれている点は、次の章でくわしくお伝えします。
5
常連のお客様。「いつ開くの」と待ってくださる方が、どれくらいいるか。こちらから探しに行かなくても、待っていてくれる人がいるかどうかは、承継後の再開を大きく左右します。数えられる範囲で書いておきます。
6
働き続けたい人。宿がどう回っていたかを知っている人が、まだ残っているか。宿の回し方は、書類では引き継げません。ここが、残っているものの中で一番大きい資産になります。誰が、どの業務を持っていたのかまで書けると、相談は一気に具体的になります。

この6つのうち、数字にできるものは数字で書きます。建物の修繕は、専門業者に見てもらえば金額の見当がつきます。借入は、金融機関に残高と返済条件を確認すれば分かります。数字にできないもの、たとえばお客様や働く人の意向は、実際に会って確かめた事実として書きます。数字にできる項目と、できない項目を分けておくと、相手も判断がしやすくなります。

手元にあると話が早いのは、決算書、借入の返済予定表、いま持っている許可証、固定資産税の通知書、建物の図面あたりです。数字が苦手でも、これらを集めて一枚にまとめるだけで、立派な棚卸しになります。見当たらないものは、「無い」と書いておけば十分です。無いことが分かるのも、大切な情報だからです。

書き方に迷ったら、6つの項目それぞれに「分かっていること」「確認する先」「まだ分からないこと」の3つを書き分けてみてください。たとえば建物なら、分かっていること(屋根と窓は無事)、確認する先(水回りは業者に見てもらう)、まだ分からないこと(大規模修繕の要否)という具合です。この3つがそろうと、相談の相手は、次に何を調べればいいかまで一緒に考えられます。

大切なのは、きれいに見せることではありません。良いところと弱いところが、正直に並んでいることです。私が継ぐ側として一番信頼できたのも、まさにそこでした。並べる順番は、この6つの番号のとおりでも、直すのにお金と時間がかかる順でも構いません。順番より、抜け漏れがないことのほうが大切です。棚卸しは、相手のために作る資料であると同時に、自分の頭を整理する道具でもあります。数え終わった時点で、次にやることの順番が、自然と見えてきます。

宿を開ける相談で、最初に確認する6つのこと

ここまでお伝えしてきたのは、「継ぐかどうか、どう継ぐか」を相談する場の準備でした。承継が具体的に進むと、もう一つの相談が待っています。宿を実際に開けるための、許認可の相談です。相手は、税理士や金融機関ではなく、役場や保健所などの窓口になります。この2つは、目的も、話す相手も違います。

私がこの許認可の相談で役場や保健所をまわったとき、最初に確認することになったのは、次の6つでした。継がせる側も、この6つを先に知っておくと、承継したあとの段取りまで見通せます。

1
旅館業の許可は、新しく取る形か、引き継ぐ形か。同じ建物で宿を続ける場合でも、許可を取り直すのか、引き継げるのかで段取りが変わります。ここは早めに確認しておきます。
2
この物件は、どの区域にあるか。国立公園など、別の許認可が要る区域に入っているかどうかで、回る窓口の数が変わります。区域が分かれば、その後の段取りの全体像が見えます。
3
温泉を使う場合、権利はどうなっていて、引き継ぐ手続きは何か。温泉まわりは、権利の引き継ぎの手続きが必要になることがあります。誰に、何を確認すればいいかを、先に整理しておきます。
4
食事を出す場合、厨房まわりに何の手続きが要るか。資格を持った人を置く必要があるか。衛生の確認は誰が、いつ来るのか。食事の提供は、宿の要になるので早めに確認します。
5
消防の設備で、満たすべきものは何か。いまの建物に足りない設備はないか。消防は、お客様の安全に直結するので、後回しにできません。
6
建物の用途や構造の面で、いま手続きが必要なものはあるか。用途や構造の変更が要る場合、そこに時間がかかります。全体の予定を立てるために、最初に押さえておきます。
相談の前にそろえる棚卸し6項目と、相談の場で確認する6つのことの対応。建物と設備・借入・温泉などの権利・許認可・常連のお客様・働く人の棚卸しが、相談の準備になることを示す図

私の経験では、まず役場に最初の一本を入れるのが、遠回りに見えて一番早い道でした。物件がどの区域にあるかが分かれば、その後に回るべき窓口の見当がつくからです。本を読んでも分からないことが、行って、聞くと、すぐに分かる。相談とは、そういう場でした。

そして、実際に窓口の担当者は、丁寧に応じてくれました。「開けるつもりで動いている人」として扱ってもらえた、という実感があります。準備をして相談に行くと、相手もそれに応えてくれます。

宿を開ける手続きは、旅館業・温泉・国立公園で窓口が分かれる

相談の準備で見落としやすいのが、「話す相手が一つではない」という点です。私の宿では、宿を開けるための手続きが、3つの系統に分かれていました。全部を「許可」と呼びたくなりますが、中身は違います。

1
旅館業は「許可」。建物の構造・設備・衛生の基準を満たしているかを確認して受ける許可です。自治体(保健所)が窓口になります。
2
温泉は「権利の引き継ぎ」。許可というより、権利を引き継ぐ手続きになります。私の旅館では、まず役場が確認先でした。物件がどの区域にあるかの確認も、ここで合わせてできました。温泉まわりの窓口は地域によって違うので、そこは各自でご確認ください。
3
国立公園の中なら、別の許認可。国立公園の中にある宿は、環境省の許認可の引き継ぎが必要でした。窓口は宿とは別の場所にあり、書類を持って説明に行きました。

同じ「一軒の宿を開ける」ための手続きなのに、行き先も、頼むことも違います。だから相談の準備では、「どの窓口に、何を、どの順番で聞きに行くか」を一覧にしておくと、あとが楽になります。窓口ごとの中身や、実際に回った順番は、関連記事「旅館経営を始めるには何が要るのか」にくわしく書いています。ここでは、相談の前に「窓口は一つではない」と知っておく、という一点にとどめます。

なお、許認可の名称や要件は、地域や制度の改定で変わります。ここに書いたのは私の宿での実例です。最新の内容は、必ず各窓口で直接ご確認ください。

相談だけでも前に進む。無料で話せる窓口もある

ここまで準備の話をしてきましたが、「準備が完璧になってから相談する」必要はありません。棚卸しが途中でも、相談してみることで、次に何を調べればいいかが見えてきます。相談は、準備の終わりではなく、準備の途中で使う道具です。

最初の一歩に迷うなら、電話を一本かけるところから始めてください。承継そのものに迷っているなら、国の「事業承継・引継ぎ支援センター」に「承継か廃業かで迷っている」と伝えるところから。宿を開けられるか先に知りたいなら、役場に「この物件で宿を続けられるか」を確認する一本から。私も、まず役場への一本から始めました。そこで物件の区域が分かると、次に回る窓口の見当がつきます。

相談できる相手には、いくつかの種類があります。顧問税理士や金融機関のように、すでに付き合いのある相手。国が設けている「事業承継・引継ぎ支援センター」のように、無料で相談できる公的な窓口。そして、私たちのような、実際に承継した経験を持つ支援者です。どの相手に話すにしても、先ほどの棚卸し一枚があれば、初回から具体的な話になります。

公的な窓口の名称や要件は、制度の改定で変わります。この記事の情報も、あくまで執筆時点のものです。利用する前に、必ず各窓口で最新の内容をご確認ください。

私たちへのご相談も、無料で承っています。承継するかどうかを決めていない段階のご相談でも構いません。私自身、承継の前に長い時間をかけて検討しました。相談したうえで、廃業を選ばれても構いません。強制は、一切しません。決めるのは、いつもオーナーご自身です。

正直な話。棚卸しを飛ばすと、相談は空回りする

ここまで準備を勧めてきましたが、正直に言うと、私自身も最初から順番よくできたわけではありません。何をどの順番でやればいいか分からず、行きあたりばったりで動いた時期もありました。

そのなかで、はっきり分かったことがあります。棚卸しを飛ばして相談に行くと、話が空回りするということです。「継ぎたいんです」という気持ちだけを持って相手に会っても、相手は判断のしようがありません。建物はどうか、借入はどうか、許認可はどうか。相手が知りたい現実に答えられないと、相談は「また整理してから来てください」で終わってしまいます。

逆に、良いところも弱いところも並べた一枚を持っていくと、相手は具体的な助言をくれます。「ここは引き継げる」「ここは取り直しになる」「ここは先に業者に見てもらったほうがいい」。準備の一枚が、相談の質を決めていました。

もう一つ、正直に書いておきます。私は、何をどの順番でやったか、誰に何を聞いたか、どこでつまずいたかを、全部記録に残しました。この宿一軒でうまくいったからといって、他の地域でそのまま通用するとは思っていません。温泉の権利も許認可も、地域ごとに違うからです。それでも、「どの順番で、誰のところに、何を聞きに行くか」という段取りは、次の現場でも使えると考えています。この記事も、その記録の一部です。

この準備が、あまり向かない場合

最後に、正直にお伝えします。この記事で書いた「相談の準備」が、あまり向かない場合もあります。

一つは、すでに廃業の方向で気持ちが固まっていて、たたむための整理を進めたい場合です。廃業は、決して逃げではありません。次の世代に負担を残さない形で終えることも、誠実な選択の一つです。その場合は、承継のための棚卸しより、清算の手続きに詳しい相手に相談するほうが早いです。

もう一つは、建物や設備が、修繕では戻せない段階まで傷んでいる場合です。ここは、棚卸しの1番目で正直に見えてきます。無理に承継の準備を進めるより、まず建物の状態を専門家に見てもらうことが先になります。

それでも、迷っているなら、一度は棚卸しをしてみることをおすすめします。数え終わってはじめて、続けるのか、たたむのかが見えてくることが多いからです。私も、数え終わった時点で、次にやることの順番がだいたい決まっていました。

よくある質問

事業承継は、まず誰に相談すればいいですか。

相手を決めるより先に、現状を一枚に棚卸しすることをおすすめします。相手は、顧問税理士でも、金融機関でも、公的な相談窓口でも構いません。誰に話すにしても、建物・借入・温泉などの権利・許認可・お客様・働く人の現状が一枚にまとまっていると、初回の相談が一気に進みます。私自身、継ぐ側として最初に見せてもらったのも、この棚卸しの一枚でした。

相談の前に、何をそろえておけばいいですか。

良いところも悪いところも含めて、残っているものを一枚に並べた棚卸しをおすすめします。具体的には、建物と設備の状態、借入・債務の状況、温泉などの権利、旅館業や消防などの許認可、常連のお客様、働き続けたい人の六つです。数字にできるものは数字で、できないものは事実で書きます。隠された欠点が後から出てくるより、最初から全部見えているほうが、相手は信頼して話を進められます。

無料で相談できる窓口はありますか。

国が設けている「事業承継・引継ぎ支援センター」など、無料で相談できる公的な窓口があります。窓口の名称や要件は制度の改定で変わるため、最新の内容は各窓口で直接ご確認ください。私たちへのご相談も無料で承っています。承継するかどうかを決めていない段階のご相談でも構いません。

後継者不足で、継ぐ人が見つからない場合はどうすればいいですか。

後継者不足には、いくつかの状態があります。身近に候補がいない場合と、候補はいるが条件が重くて踏み切れない場合と、そもそも何が残っているか棚卸しされていない場合です。状態によって、先にやることが変わります。まず棚卸しをすると、探しに行くのか、条件を整理するのかが見えてきます。継ぐ人の探し方は、別の記事にまとめています。

相談すると、何かを契約させられますか。

いいえ、強制はしません。相談したうえで、廃業を選ばれても構いません。私がお伝えできるのは、選択肢と、当事者としての実感だけです。決めるのは、いつもオーナーご自身です。

無料相談はこちら

事業承継の相談の前の棚卸しから、承継するかどうかの検討まで、ご相談を承っています。私自身が事業承継の当事者として、実感をもとにお話しします。支援内容のくわしい説明は「旅館・宿の集客支援」のページをご覧ください。

ご相談は無料です。1営業日以内にご返信します。無理な営業はしません。

関連ページ