旅館をやってみたい。そう考えたときに、まず気になるのは資格と、お金と、許可だと思います。私は今年、長野の山あいにある創業140年の旅館を引き継ぎました。3ヶ月休館していた、全9室の宿です。電気が止まった建物を動かし直しているところで、まだお客様を迎えていません。この記事では、始めるまでに何が要ったのかを、準備している当事者の立場で書きます。
旅館を始めるのに私たちが必要としたのは、経営者本人の資格ではなく、3系統に分かれた手続きと、建物を動かし直す現金でした。
「旅館経営には資格が要る」と思って調べ始める方は多いと思います。私もそうでした。ですが、実際に引き継ぎの手続きを回ってみると、聞かれることはずっと建物と設備の話でした。この記事の要点を、先に3行で置いておきます。
専門用語を先に片づけておきます。この4つが分かれば、あとは最後まで読めます。
ここから先は、私が実際に回った窓口と、実際に払ったお金の話です。制度の解説書ではありません。うまくいった話だけでなく、思い違いをしていた部分も書きます。支援の内容そのものは「事業再生・事業承継の支援」のページにまとめています。
私たちの引き継ぎで求められたのは、経営者本人の資格ではありませんでした。手続きの相手は、いつも建物のほうです。
先に、私が何者かを書いておきます。私は旅館の経営経験がないまま、この宿を引き継ぎました。もともとやってきたのは、地方の会社の集客やマーケティングを支援する仕事です。宿の現場を知らなかったわけではありませんが、自分が経営の側に立つのは初めてでした。
その私が、資格を取るところから始めたかというと、そうではありません。引き継ぎの準備で回った窓口では、私の経歴を問われた場面がありませんでした。聞かれたのは、建物がどこにあるか、設備がどうなっているか、どの権利をどう引き継ぐか。ずっとその話です。
旅館業の許可は、施設に対して出るものです。建物の構造や設備、衛生の基準を満たしているかどうかが見られます。私たちの手続きも、そのとおりの進み方をしました。
なので、この記事の答えを正確に書き直すと、こうなります。旅館業の許可そのものは、経営者本人の資格を問うものではありませんでした。ただし、営業の中身によっては、別に資格や届出が求められる場合があります。「資格は一切要らない」という意味ではありません。
食事を出すのか、温泉を使うのか、建物がどの区域にあるのか。この3つで、付いてくる手続きが増えていきます。私たちも、そこを一つずつ確かめている途中です。
この記事に書けるのは、「私たちの宿ではこうだった」という範囲までです。物件と自治体で変わる部分が多いので、全国共通の正解表としては書きません。そのかわり、ご自身の物件で必要なものを窓口に出させる質問を、このあとの章にそのまま置いておきます。
私たちの宿は、旅館業の許可、温泉を使う権利、国立公園の許認可で、話す相手が3つに分かれていました。全部を「許可」と呼びたくなりますが、中身は違います。1つは許可、1つは権利の引き継ぎ、1つは別の役所の許認可です。同じ「一軒の宿を開ける」ための手続きなのに、行き先も、頼むことも違いました。
「窓口が3つ」と言われても、最初はどこへ行けばよいのか分かりませんでした。私たちが実際に足を運んだ順に、行き先と用件を書きます。
最初の1本をどこにかけるか迷ったら、役場をおすすめします。物件がどの区域にあるかが分かれば、環境省の許認可が要るのかどうかが決まり、回る先の数が確定するからです。順番を決めるための情報が、ここで一番早く手に入ります。
ここで、はっきり書いておきます。この3つは私たちの宿で必要になったものであって、旅館を開けるのに要る手続きが3つで全部という意味ではありません。食事を出すかどうか、建物の造り、消防の設備。物件が変われば、増える手続きも変わります。
ここに全国共通の一覧表を書くことはできません。物件と自治体で答えが変わるものを、こちらで決めてしまうと嘘になるからです。代わりに、私たちが窓口で聞いている質問をそのまま置いておきます。この6つを持って役場に行けば、あなたの物件で何が要るかは、窓口の側が答えてくれます。私たちがやっているのも、それだけです。これで全部そろうという保証はしません。ただ、自分で調べて回るより、確かなところから始められます。
この6つに答えが返ってきたら、それがあなたの物件の「開けるまでにやることリスト」のたたき台になります。私たちは1と2と3を回り終えて、4を進めているところです。5と6は、これから確かめます。だから、この6問で全部だとは言いません。足りないものは、窓口で聞くたびに増えていくと思ってください。
正直に書きます。私は、許認可は建物と一緒に自動でついてくるものだと思っていました。宿を引き継げば、そのまま開けられるのだろうと。
全然そんなことはありませんでした。ひとつひとつ、引き継ぐ手続きが要ります。しかも、それぞれに別の窓口と、別の書類がありました。
紛らわしいので、言い方を整理します。旅館業の許可は施設に対して出るものなので、建物が変わらなければ、ゼロから取り直しになるわけではありません。ですが、持ち主が変わったときに、黙って移るわけでもありません。引き継ぐための手続きを、こちらから出す必要があります。「許可が残っている」と「そのまま使える」は、別のことでした。私たちの場合は、保健所での手続きを経て引き継ぐ形です。
ここが、始める側にとって一番効いてくる部分だと思っています。手続きが3つに分かれているということは、着手の順番を間違えると、待ち時間がそのまま重なるということだからです。1つ終わってから次に取りかかると、単純に3倍の時間がかかります。
3か所を回るのに、どれくらいの手間がかかるのか。1つ例を書きます。環境省の窓口は宿のある場所とは別のところにあるので、山を越えて、書類を持って、説明をしに行きました。それだけで半日かかりました。
温泉のほうは、聞けば聞くほど決まりごとがありました。湧いているから使える、というものではありません。こういうことは、本を読んでも分からないと感じました。行って、聞いて、初めて分かります。
ちなみに、役場の方も環境省の方も、みなさんとても丁寧でした。「開けるつもりで動いている人」として扱ってもらえるのは、思っていたよりありがたいことでした。宿を引き継いだ初日に何をやったかは、「「地方継承」という考え方(休館した旅館の初日にやった棚卸しの話)」に書いています。
もう1つ、始める人が見落としやすいところがあります。許可の手続きが進んでいても、それだけでは開けられません。私たちの場合は、開ける前に保健所の確認が入ります。
厨房が特にそうでした。3ヶ月止まっていた建物なので、壁も機材も床も、カビで埋まっていました。私たちがやったのは、目に見えるカビを落とす作業です。その設備をまた使ってよいかどうかの判断は、自分たちではしません。
拭けば戻るものと、入れ替えないとだめなものが、確実に両方あります。その線引きは、専門の方に見てもらったうえで決めます。お客様に出す料理を作る場所なので、素人が見て「きれいになりました」で通る場所ではありません。
始めるまでの日程を組むときは、この確認の時間を先に見込んでおくことをおすすめします。掃除が終わってから考え始めると、そのぶん開ける日が後ろにずれます。
私たちの場合、お金は物件の取得だけで終わりませんでした。止まっていた建物を動かし直す費用が、そのあとに別で必要でした。
正直に書くと、私が読み違えていたのはここです。物件の値段は、調べれば出てきます。だから、そこばかり見ていました。実際に効いてきたのは、値段が書いていないほうでした。
引き継いだとき、宿の電気は止まっていました。窓のない厨房に入ると、昼間でも何も見えません。ヘッドライトと懐中電灯で手元だけ照らして、そろそろ歩くところから始めました。
電気工事の方に来ていただいて、順番に電気を通してもらいました。照明がついた瞬間は、その場にいた全員の声が出ました。天井が見えて、奥の廊下の先まで見える。それだけのことなのですが、ここまで戻すのに時間がかかりました。
そのあとがカビ取りです。胞子を吸いながら何時間も作業するのは体に良くないので、カビ取り剤と除菌剤、ゴム手袋、使い捨ての防護服を買い込みました。旅館の再開というと、器や照明を選ぶ話を想像していたのですが、実際は防護服でした。
そして、設備をどこまで入れ替えるかを決める費用がかかります。ここは、いまの時点でも確定していません。落としてみないと、何がどれだけやられているのかが見えないからです。
始める人に一番お伝えしたいのは、この部分です。同じ値段の物件でも、何ヶ月止まっていたかで、動かし直す費用はまるごと変わります。買う値段だけを見て資金計画を立てると、開ける前に足りなくなります。
建物の話だけではありません。会社の側にも、手続きとお金が発生しました。
私たちの場合、会社の定款の事業目的に「旅館業」が入っていませんでした。宿を引き継いだのに、会社のルールブックのほうが追いついていなかったわけです。そこで、旅館業を含めて9件を目的に追加しました。
この判断で、登録免許税が3万円増えました。登録免許税は、登記のときに国に納める税金です。あわせて本店の移転もしたので、旧い法務局あてに3万円、新しい法務局あてに3万円、そこに目的変更の3万円が乗って、合計9万円になりました。目的を足さなければ6万円で済んでいた計算です。
本店をどこに置くかは、お金の面でも効いてきます。地元の商工会や県の制度を使うときに、本店がその地域にあるかどうかで話の進み方が変わるからです。私たちが本店を移した理由の一つが、これでした。資金の相談をどこにするつもりなのかは、会社の登記を動かす前に決めておくほうがよいと思います。
細かいところでは、登記事項証明書(謄本)が、オンライン請求で1通480円、窓口請求で1通600円でした。1通120円の差なので大きな額ではありません。ただ、こういう「知っていれば安いほうがある」ものは、放っておくとずっと高いほうで払い続けることになります。
これらの書類は、私たちは自分で作りました。司法書士の方にお願いする場合は、これとは別に報酬がかかります。私が調べた範囲では3万円から5万円くらいでしたが、これは相場であって、見積もりを取った実額ではありません。
宿の名前の商標も一緒に引き継ぎました。こちらも、契約書に判子を押しただけでは権利が移りません。特許庁の原簿に登録して、初めて効力が生じます。弁理士の方にお願いする場合の手数料は、私が調べた範囲では1件3万円から6万円くらいでした。これも相場であって、実額ではありません。
ここが一番知りたいところだと思います。ごまかさずに書きます。私たちが払っている費目は6つでした。先に結論を書くと、金額が大きく動くのは1と2と6、事前に計算できるのは3と4と5です。ひとつずつ並べます。
相場の数字を並べて、6つ全部を金額で埋めることはできます。ですが、それをやると、いちばん大きい1と2を推測で埋めることになります。物件の値段も修繕の額も、建物によって桁が変わるものです。ここでは書きません。
そのうえで、資金の見方をお伝えします。3から5は、私たちの実額と調べた相場を足しても数十万円の範囲におさまります。ここは物件を見る前でも計算できます。金額が大きく動くのは1と2、そして6です。「いくら用意すればよいか」は、ご自身の物件の1と2を出さないと決まりません。この2つは、現地を見てもらえば数字になります。逆に、見てもらう前に総額を置いても、まず当たりません。私たちも、そこで読み違えました。
その1と2を出す手順を書きます。私たちがいまやっている順番です。
1つだけお断りがあります。宿が特定されてしまうため、譲渡の対価や借入の額といった数字は公開していません。出せる数字だけを、実測のまま載せています。
私たちは、ゼロから建てずに、止まっていた宿を引き継ぐ道を選びました。建物も許可も設備も残っているぶん、開けるまでの距離が短いからです。
先に断っておきます。新築と比べていくら安いのか、どれだけ早いのかを、私たちは数字で出していません。だから「引き継ぐほうが安い」とは言いません。ここで書けるのは、私たちが選んだ理由と、引き継ぐ場合に何が残って何が残らないかです。
いま、後継者がいないまま止まっている宿は、全国にたくさんあります。建物は無事でも、続ける人がいないという理由だけで閉じている宿です。始めたい人にとっては、そこが入口になり得ます。
引き継ぐ場合に残っているものと、それでも自分でやることになるものを、正直に並べます。
引き継ぐ形にも種類があります。会社ごと引き継ぐ「株式譲渡」と、必要な資産・契約・従業員だけを選んで引き継ぐ「事業譲渡」です。私たちは事業譲渡を選びました。引き継ぐ範囲をあらかじめ絞ることで、抱えるリスクの範囲を見えるようにしたかったからです。
この判断の中身と、承継の進め方そのものについては、別の記事に書いています。売る側の事情も含めて、こちらのほうが詳しいです。「旅館の廃業・事業承継を考える前に」をご覧ください。この記事では、始める側から見た「何が要るか」に絞ります。
私たちが実際に動いた順番を、そのまま置いておきます。5つです。物件を決める前に確かめておいたほうがよかった、と後から思った部分も入れています。
お客様を集める話は、この5つのあとです。順番を逆にしないほうがよいと思っています。開ける日が決まらないうちに広告を出しても、受け皿がありません。
集客のほうは、この宿で実際にやって効いた順番を別の記事にまとめています。「旅館の集客方法まとめ」をご覧ください。
ここまで読んでいただいたところで、正直に書いておきます。私たちの宿は、まだ一度もお客様を迎えていません。再開は9月、遅くとも10月を目指しているところです。
正式に事業を引き継いだのは、今年の7月です。それより前に、外部からのサポートという立場で現場に深く関わっていた時期があり、そのときに売上を前年同月比240%まで押し上げた実績があります。ただ、これは承継の前の数字です。承継後、本番でお客様を迎えてからの実績は、まだ一度も計測していません。
この記事に書いた許可や費用の話も、私たちの物件で起きたことです。区域が違えば窓口が変わりますし、自治体によって運用も変わります。だからこの記事は、手続きの正解表としては読まないでください。「こういう種類の手続きとお金が発生する」という当たりをつけるために使っていただいて、実際の要件はご自身の自治体の窓口や、司法書士・行政書士といった専門家に確認していただくのが確実です。
引き継ぐと決めた時点で、私は準備期間を短く見積もっていました。建物があって、許可があって、設備がある。だから、掃除をして開ければよいのだろうと思っていました。
実際は、電気を通すところからでした。許可は自動ではついてこず、窓口は3つに分かれていて、会社の定款にも旅館業が入っていませんでした。1つずつは、どれも大きな話ではありません。ですが、数が多いのです。
間に合うのかと聞かれたら、いまの時点では分かりません。それでも、電気がついた日にその場の全員のテンションが上がったので、なんとかするだろうと思っています。
すでに宿を持っていて、数字が苦しいという方は、始め方ではなく別の記事のほうが近いかもしれません。「旅館経営が厳しい理由を5つの数字に分解する」に、どこで赤字になっているかを切り分ける手順を書いています。
旅館業の許可そのものは、経営者本人の資格を問うものではありませんでした。手続きの相手は、いつも施設のほうです。ただし、食事を出すなど営業の中身によっては、別に資格や届出が求められる場合があります。「資格は一切要らない」という意味ではないので、自分の物件で何が要るかは必ず窓口に確認してください。
物件の値段だけでは足りません。私たちの場合は、3ヶ月止まっていた建物を動かし直すところからでした。電気を通し、カビを取り、設備をどこまで入れ替えるかを決める費用が別にかかります。会社側の登記にも費用がかかりました。
1か所ではありませんでした。私たちの場合は、旅館業の許可、温泉を使う権利、国立公園のなかなので環境省の許認可と、話す相手が全部違いました。食事を出すかどうかや、消防、建物の用途でも手続きは増えます。まず自分の物件がどの区域にあるかを役場で確かめて、窓口を洗い出すところから始めるのが早いです。
私たちも旅館の経営経験がないまま引き継ぎました。ただし、開けるまでにやることは想像よりずっと多いです。楽な道ではないので、時間と現金の余裕を先に確かめてから決めることをおすすめします。
これから宿を始めたい方、止まっている宿を引き継ぐか迷っている方のご相談を承っています。私自身が引き継ぐ側として動いている当事者なので、実感でお話しできます。支援内容のくわしい説明は「事業再生・事業承継の支援」のページをご覧ください。
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