私は長いあいだ、自分の仕事を「地方創生」と呼んでいました。今は「地方継承」と言っています。言葉を1つ替えただけです。でも、現場に着いてから最初にやることが、まるごと変わりました。今年、長野の山あいにある創業140年の旅館を引き継ぎました。3ヶ月休館していた、全9室の宿です。この記事では、その初日にやった棚卸しの中身と、自分の町で試すための手順を書きます。
細かい話に入る前に、この記事で書くことをまとめておきます。
先に断っておきます。これは言葉の定義を正す話ではありません。政策として語られる地方創生にも、既にある資源を活かす取り組みは含まれています。私が言いたいのは、どちらを先に置くか、という順番のことです。現場では継承が先で、創生はそのあとだと考えています。そう思うようになった理由が、この記事の中身です。
根拠の大きさも書いておきます。私が持っているのは、まだ開いていない宿1軒ぶんの経験だけです。証明された法則ではありません。1人の当事者がそう考えるようになった、というところまでで読んでください。
ここからは、それぞれを順番に書いていきます。
先に、この記事の立場を書いておきます。私は今、「地方創生」という言葉を自分では使っていません。ただ、この話題を探す方の多くはこの言葉で検索されます。なので、この記事ではあえて「地方創生」を使って書きます。
言葉が悪い、という話ではありません。ズレていたのは、その言葉を使っていた私の頭のなかでした。
大学生のとき、北海道の長万部で1年間すごしました。自然も食べ物も人も、とても良かったです。なのに、その良さが外にほとんど届いていませんでした。
一方で、都心から来たコンサルタントが地方の会社をきれいに食い物にしていくのも見ました。「田舎だから無理だ」と若い人の芽を摘む地元の方にも、かなり腹が立ちました。
そこから、地方の仕事をやろうと決めました。その気持ちを乗せる言葉として、「地方創生」を使っていたわけです。自己紹介でもそう言っていましたし、提案書のタイトルにも入れていました。
創生というのは、ゼロから生み出す、という意味です。つまりあの頃の私は、何もない場所に自分が何かを作ってあげる、くらいのつもりでいました。
新しい施設・新しい名物・新しいブランド。その土地に何が残っているかを見る前に、何を足すかを考えていました。
正直に書くと、私が一番きらいだった「外から来て正解を配る人」と、頭の構造は同じだったと思います。刃を向けたいのは、あの頃の私にです。今この言葉を使っている方を否定したいわけではありません。
政策としての地方創生を否定するつもりもありません。自治体という規模でしか動かせない仕組みもあります。私たちが現場の1軒から始める理由は、自治体向けじゃない、現場から始めるDXの話のほうに書きました。DXというのは、デジタルを使って仕事のやり方そのものを見直すことです。
今年、長野の山あいにある旅館を引き継ぎました。創業140年、全9室の宿です。3ヶ月のあいだ休館していました。
誰も引き継がないまま止まっていたので、私たちの会社で引き取ることにしました。形としては事業譲渡です。事業譲渡というのは、会社ごと買うのではなく、営業を単位で引き継ぐやり方のことです。私たちが引き継いだのは、宿の営業と、温泉の権利や許認可といった営業に必要なものです。建物まわりの手続きは、今も続いています。
引き戸を開けて厨房に入った瞬間、匂いでカビだとわかりました。壁が黒く、調理台は白い点々で埋まっていて、まな板は全体が黄色く変色していました。
その日に私がやっていたのは、何かを作ることではありませんでした。一日じゅう、残っているものを数えていました。
建物は、壊れていませんでした。屋根も落ちていませんし、窓も割れていません。人が動かなくなっただけでした。
温泉の権利も、残っていました。誰が権利を持っていて、どう分けていて、どういう手続きで引き継ぐのか。役場で半日かけて教わりました。
国立公園のなかにある宿なので、環境省の許認可も引き継げます。許認可というのは、営業のために役所から受ける許可のことです。こちらは山を越えた先に窓口があって、書類を持って説明しに行きました。
140年ぶんの常連さんも、残っていました。「いつ開くの」と聞いてくださる方が、まだいます。
そして、3ヶ月ずっと待っていてくれた元スタッフが、2人残っていました。
その日、新しく作ったものはひとつもありません。数えただけです。
でも、数え終わった時点で、次にやることの順番はだいたい決まっていました。
これは、言葉の正しさの話ではありません。どちらを先に置くか、という順番の話です。私の頭のクセを直すために、言い方から替えました。
もっと正直に書くと、「創生」は、外から来た人間にとって都合のいい言葉でもありました。ゼロから作った話にしたほうが、自分の手柄がはっきりするからです。
「残っていたものを繋いだだけです」と言うと、自分の取り分がとても小さく見えます。その小ささが嫌で、私はたぶん「創生」と言い続けていました。
創生と言っているうちは、最初の一手が「何を作るか」から始まります。継承と言うようにしたら、最初の一手が「何が残っているか」に変わりました。棚卸しからです。
この差は、地味に見えて決定的でした。創生の頭のまま入っていたら、あの厨房を見た瞬間に「全部壊して作り直そう」と言っていたと思います。実際、そのほうが早いですし、見栄えもよくなります。
もちろん、建て直しながら常連さんも人も残す、というやり方もあります。壊すか残すかの二択ではありません。私の問題は、もっと手前にありました。創生の頭のまま入っていたら、そもそもそこに何が残っているかを、見ていなかったと思います。
140年ぶんの常連さんも温泉の権利の経緯も、この宿で働いてきた人の勘も、数えなければ最初から無いのと同じでした。
温泉は、権利を引き継ぐので、新しく掘る話にはなりません。
建物は建て直さないので、やることは掃除と、入れ替えるかどうかの判断です。
露天風呂の開け閉めの手順は、宮沢さんという元スタッフの頭のなかにあったものを、書き出してもらいました。
「いつ開くの」と聞いてくださる常連さんも、こちらから探しに行ったわけではありません。
更地に宿を建てる話と、いま私がやっている掃除と書類の話は、必要なお金も時間もまるで別物です。
建物も権利も、書類でどうにかなります。でも、この宿がどう回っていたかを知っている人は、書類では引き継げません。
宮沢さんと高木さんという2人が、止まっていた3ヶ月、ずっと待っていてくれました。そう書くと何もせずに待っていたように読めますが、そんなことはありません。
宮沢さんは、露天風呂の開け閉めのチェックリストを作っていました。イレギュラーが起きたときの対応の叩き台も、誰がどの業務を持つかの整理も、こちらが頼む前に自分で書いて送ってきます。
高木さんは、採用の設計をしていました。社員を何人置いて、パートを何人採って、足りない分をどう埋めるか。そのうえで「うちはどういう人と働きたいのか」を言葉にした資料まで作ってくれました。
この3ヶ月、2人には私たちから業務委託でお願いしていました。業務委託というのは、雇用ではなく、仕事ごとに依頼して報酬を払う契約のことです。タダで動いてもらっていたわけではありません。
ただ、チェックリストを作ってくださいとも採用の資料を書いてくださいとも、私は一度も言っていません。
大きい夢を語れることではなくて、頼まれていないのに手が動くかどうか、くらいの意味で使っています。
先に書いておくと、これを人に期待するのは違うと思っています。頼んでいない仕事をやってもらうのが当たり前、みたいになったら、それはただのブラックです。
そうではありません。勝手に手が動いていた人が2人残っていた、という事実が、私にとっては一番大きい残りものでした。
私が作った業務管理のシステムを宮沢さんに触ってもらったとき、こう返ってきました。
「どれだけ便利なシステムでも、使う人にやる気とか親切心がないと、結局なにも変わらない」
これを現場のトップが言ってくれるのは、とても心強かったです。
2人には、正式にお願いしました。宮沢さんには支配人として全体の段取りを、高木さんには採用と発信の戦略をお願いしています。能力を見なかったわけではありません。ただ、順番として志を先に見ました。
超えてはいけないラインだけ見て、あとはその時の気分と、面倒くさいかどうかで仕事を決めていました。表向きはずっとニコニコしながら、頭のなかでは別のことを考えていた時期も普通にあります。
言われたことはこなしていたので、外からは問題なく見えていたと思います。でも、あの頃の私がいたチームは、たぶん少しずつ削れていました。頼まれたことは終わるけれど、誰も次の一歩を出さない。放っておくと止まります。
人が1人増えたら仕事が1人分進む、という足し算ではないのだと思います。その1人がいるだけで、残っているものが増えるほうにも減るほうにも、全体の向きが動きます。
採用の基準に志を入れている話は、「志」を採用基準にするとはどういうことかに書きました。そのときは考え方の話でしたが、今回は実際に人にお願いする場面で使いました。
もうひとつ、私がすぐ間違えるところがあります。数える範囲を、いきなり広げてしまうことです。
「地方をどうにかしたい」から入ると、話が一瞬で大きくなって、手が止まります。宿1軒のカビも落とせていないのに、日本の話をしはじめる。昔の私がまさにそれでした。
なので今は、範囲を小さいほうから順番に上げています。自分ひとり・2人で組んだ状態・家族・近所・村・県・国、という順番です。
規模は変わりますが、やることは同じでいいはずだ、という考え方です。自分ひとりのところで成り立っていないことは、村でも県でも成り立ちません。
今の私がいるのは、宮沢さんと高木さんとの3人と、宿1軒です。この並びでいうと「近所」のあたりだと思っています。その先は、まだです。
先に書いておくと、この1軒でうまくいったからといって、他の地域でそのまま通用するとは思っていません。温泉の権利の持ち方も許認可の中身も、地域ごとに全然違うと、この一日で教わってきたところです。
ただ、「どの順番で誰のところに何を聞きに行くか」くらいは、次の現場でも使えるのではないかと思っています。なので今回は、掃除をしながら役所を回りながら、全部記録に残しています。
とはいえ、まずは1軒目です。ここが開かないと、何も始まりません。
ここまでは私の宿の話でした。同じことを自分の町で試すなら、という手順に置き換えておきます。①から④は私が初日にやったことの順番そのままで、⑤だけは、続けるか畳むかを決める方のために足しました。
必要なのは、紙とペンだけです。ただ、③の権利と許認可は自分では調べきれないことがあります。私の場合、温泉の権利の引き継ぎ方を役場で教わるのに半日かかりました。
⑤については、正直に書いておきます。私の初日は、残っている側を数えるだけで終わりました。裏側を並べたのは、そのあとです。順番としては表からで良かったと思っていますが、続けるか畳むかを決める段では、裏を書かないと決められません。
金額は事業ごとに違うので、ここでは私の数字は出しません。架空の例を置くこともしません。見てほしいのは、裏に書いた金額に対して、いつまでに何がどれだけ戻るかを言えるかどうかです。言えないなら、そこは作らないほうがいいと思います。
数え終わったからといって、経営が楽になるわけではありません。ただ、次にやることの順番は決まります。
ここまで書いてきたことには、まだ確かめられていない部分があります。先に自分から書いておきます。
1つめは、宿がまだ開いていないことです。開業は9月中旬、遅くとも10月の予定です。数字が出るのは、開けたあとです。この選び方が本当に効いたかどうかは、今の私には言えません。
2つめは、この型が他の地域でも通用するか、わからないことです。温泉の権利の持ち方も、許認可の中身も、地域ごとに違います。今のところ、私が数えたのは宿1軒だけです。
3つめは、「継承」と言い換えたから数字が良くなる、という証明がないことです。同じ宿で「創生」の頭のまま進めた場合と比べたわけではありません。比べようがないので、ここは言い切れません。私が言えるのは、自分の初日の動きが変わった、というところまでです。
それから、この話が向かない方もいます。いま更地から新しく始める方には、たぶん別の話が要ります。継承する対象がないところで「まず数える」と言われても、数えるものがありません。
過疎地や限界集落でそもそも事業が成り立つのか、という話は、限界集落・過疎地でも事業は成り立つのかのほうに数字を出して書きました。
言葉を替えたからといって、カビが落ちるわけではありません。今もやっていることは、掃除と書類と人の段取りです。ただ、朝いちばんに考えることは変わりました。前は「何を作るか」でした。今は「何が残っているか」です。
もし今、店や宿や会社を続けるかどうかで迷っている方がいたら。まだ残っているものを、一回だけ数えてみてほしいと思います。建物・道具・権利・常連さん・待っている人。紙に書き出すと、思っているよりゼロではないはずです。
うちの宿は、9月中旬、遅くとも10月には開けます。きれいなスタートではないですけれど、ここから繋いでいきます。
私の使い分けでは、創生はゼロから生み出すこと、継承は残っているものを繋ぐことです。世の中に定着した定義があるわけではありません。私が自分の頭のクセを直すために使っている言い換えです。
結果が変わるかどうかは、まだ言えません。宿が開くのは9月中旬、遅くとも10月の予定で、数字が出るのはそのあとです。今のところ言えるのは、現場に着いた初日の動きが変わった、というところまでです。
物・権利・許認可・常連さん・人の5つに分けるところから始めるのがおすすめです。私が休館していた宿の初日に数えたのも、建物・温泉の権利・旅館業と国立公園の許認可・140年ぶんの常連さん・待っていた元スタッフ2人の5つでした。続けるか畳むかを決める段では、同じ紙の裏も使います。借入の残りや毎月の固定費など、これから出ていくものも並べてください。
使えるのではないかと思っていますが、まだ実証できていません。私が数えたのは宿1軒です。物・権利・許認可・お客さま・人という分け方は業種を問わないはずですが、他の業種で試したわけではないので、断定はできません。
いま更地から始める方には、あまり合わないと思います。継承する対象がないところで「まず数える」と言われても、数えるものがないからです。この記事は、すでにある店や宿や会社を続けるかどうかで迷っている方に向けて書いています。
休館していた3ヶ月のあいだは、業務委託として仕事を依頼し、報酬をお支払いしていました。営業を再開するにあたっては、宮沢さんに支配人として全体の段取りを、高木さんに採用と発信の戦略をお願いしています。
9月中旬、遅くとも10月には開ける予定です。今やっているのは、掃除と書類の手続きと人の段取りです。
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