旅館の稼働率は、何%あれば黒字になるのか。そう思って検索した方に向けて書いています。私は、廃業寸前だった創業140年の旅館を引き継いだ当事者です。先にお伝えすると、業界の平均値を調べても、その答えは出ません。この記事では、自分の宿だけの「採算稼働率」を出す式と、それを平日と週末の目標に割り直す手順を書きます。
この記事の要点
「旅館の稼働率は、何%あれば黒字なのか」。これを知りたくて、平均や目安を調べている方が多いと思います。先に、いちばん大事なことをお伝えします。
業界の平均稼働率を調べても、あなたの宿が黒字になる稼働率は分かりません。
全国の平均値は、国が出している宿泊の統計や、旅行系の記事で簡単に見つかります。ですが、その数字は、大きなシティホテルから、部屋数の少ない小さな宿までを、全部まとめて平均した数字です。あなたの宿1軒のためにつくられた数字ではありません。
もっと大事なことがあります。黒字になるかどうかは、稼働率だけでは決まりません。同じ稼働率60%でも、黒字の宿と、赤字のままの宿があります。分かれ目は、1室泊あたりにいくら残るか(粗利)と、毎月いくら出ていくか(固定費)です。ここが宿ごとに違うので、黒字になる稼働率も宿ごとに違います。
だから、平均と比べて一喜一憂しても、あまり意味がありません。平均より上でも赤字のことはありますし、平均より下でも黒字のことはあります。見るべきなのは、他所の平均ではなく、自分の宿の「採算ライン」です。
この採算ラインを、稼働率という%の形で出したものを、この記事では「採算稼働率」と呼びます。あなたの宿が、月の稼働率で何%を超えたら黒字になるか、という1つの数字です。
結論を先に置きます。採算稼働率は、次の1本の式で出せます。
言葉が3つ出てきました。あとで1つずつ、数字を入れて出します。ここでは意味だけ、先にそろえておきます。
ここから先は、この式を実際に動かす話です。まず式の意味を説明し、次に数字を入れて出し、最後に自分の宿で30分ほどで出す手順に落とします。
1つだけ、先にお断りしておきます。この記事に出てくる金額は、すべて説明のための例です。私たちの宿の固定費や客室単価の内訳は、公開していません。全9室という規模で実額まで出すと、宿が特定されてしまうからです。代わりに、出し方を全部書きます。あなたの宿の数字を入れれば、そのまま答えが出る形にしてあります。
採算稼働率の考え方は、2段階です。むずかしい会計の知識は要りません。
先に、その月に何室泊売れれば固定費をまかなえるか、を出します。式はこうです。
必要な室泊数 = 固定費の月額ライン ÷ 1室泊あたりの粗利。
意味はシンプルです。毎月出ていくお金(固定費)を、部屋1室泊が稼いでくれるお金(粗利)で割ると、「何室泊ぶん売れば、出ていくお金をちょうど埋められるか」が出ます。
この「必要な室泊数」は、5つの数字から旅館の赤字の場所を探す考え方の中で、いちばん中心になる数字です。5つの数字ぜんぶを1枚に出す話は「旅館経営が厳しい理由を5つの数字に分解する」に書きました。この記事は、そのうちの稼働率1本を、%まで降ろす話に絞ります。
必要な室泊数が出たら、それを稼働率(%)に直します。式はこうです。
採算稼働率 = 必要な室泊数 ÷(総室数 × 営業日数)。
「総室数 × 営業日数」は、その月に売れる部屋の最大数です。この最大数のうち、何割が埋まれば黒字になるか。それが採算稼働率です。
なぜ室泊数のままで止めず、わざわざ%に直すのか。理由は2つあります。1つは、稼働率という%が、旅館の経営者にとって一番なじみのある物差しだからです。もう1つは、%にすると、平日と週末に割り直せるからです。この割り直しが、この記事の後半の主役になります。
採算稼働率には、もう1つ良いところがあります。値下げで埋める危うさに、気づけることです。
採算稼働率は、あくまで「いまの粗利のまま」埋めることが前提の数字です。もし値下げして部屋を埋めると、1室泊あたりの粗利が下がります。粗利が下がると、式の割る数が小さくなるので、採算稼働率は上がります。つまり、埋めるために値下げすると、黒字になるゴールが遠ざかるのです。
この関係が見えると、「とにかく埋める」という発想から、「粗利を保ったまま埋める」という発想に変わります。ここが、平均値を眺めているだけでは決して手に入らない視点です。
式だけだと、まだ手触りがありません。数字を入れて、1回通してみます。
ここで使うのは、説明のための「全10室の宿」です。私たちの宿は全9室ですが、実際の固定費や粗利は公開していないので、計算にはきりのいい仮の宿を使います。以下の金額は、すべて計算のための例です。うちの実額ではありません。
例の宿の条件を、先に置きます。
順に計算します。
まず、その月に売れる部屋の最大数を出します。10室 × 30日 で、300室泊です。1ヶ月まるまる満室にできたら、300室泊売れる、という意味です。
次に、必要な室泊数を出します。固定費300万円 ÷ 1室泊あたりの粗利2万円 で、150室泊です。この月は、150室泊売れれば固定費をちょうど埋められる、ということになります。
最後に、%に直します。必要な150室泊 ÷ 最大の300室泊 で、0.5。つまり採算稼働率は50%です。
読み方はこうです。この宿は、月の稼働率が50%を超えたら黒字、下回ったら赤字になります。「うちは何%あれば黒字か」への、この宿にとっての答えが、この50%です。
ここで大事なのは、50%という数字そのものではありません。固定費や粗利を変えれば、この%はいくらでも動きます。たとえば同じ宿でも、固定費が400万円に増えれば必要な室泊数は200室泊になり、採算稼働率は約67%に上がります。粗利が2万5,000円に増えれば必要な室泊数は120室泊に減り、採算稼働率は40%に下がります。
だから、他所の平均と自分の稼働率を並べても、黒字かどうかは判定できません。判定できるのは、自分の固定費と粗利から出した採算稼働率と、実際の稼働率を比べたときだけです。
採算稼働率が50%と出ました。ですが、「月の稼働率を50%にしよう」という目標のままだと、現場では動けません。平日と週末で、埋まりやすさがまったく違うからです。
そこで、月の50%を、平日の目標と週末の目標に割り直します。ここが、%に直しておいた一番の理由です。
先ほどの全10室・30日の宿で、続けて計算します。30日を、平日22日と週末8日に分けます(この内訳も例です)。
売れる部屋の最大数は、こう分かれます。週末は10室 × 8日で80室泊、平日は10室 × 22日で220室泊です。
週末は、放っておいてもある程度埋まります。仮に、週末の稼働率を85%まで持っていけたとします。すると週末は、80室泊 × 0.85 で、68室泊が売れます。
必要な室泊数は、月で150室泊でした。このうち68室泊を週末で埋めるので、残りは 150 − 68 で、82室泊です。この82室泊を、平日で埋める必要があります。
平日の最大は220室泊なので、平日の目標稼働率は 82 ÷ 220 で、約37%です。
つまりこの宿は、「週末85%・平日37%」で埋めれば、月の採算稼働率50%に届く、ということになります。
ここで、はっとしてほしいところがあります。平日の目標は37%です。月の平均目標50%より、ずっと低い数字です。
もし月の平均だけを見て「50%を目指そう」としていると、週末が90%近く埋まっている宿は、平均が50%を超えているように見えて、油断します。ですが中身を割ると、平日はガラガラ、ということが普通に起きます。逆に、平日を37%まで埋められていれば、週末が少し弱くても採算に乗ります。
平日の空室をどう埋めるかは、打ち手の話になります。平日に泊まる方は、週末に来る方とは目的が違います。同じ宿を、別の言葉で案内する必要があります。実際にやっている集客の順番は「旅館の集客方法まとめ(自社旅館でやって効いた順)」の「平日の空室」の章に書きました。この記事は、その手前にある「平日で何室泊埋めれば足りるか」という目標づくりに絞ります。
正直に書いておくと、私たちも、平日の埋め方はいま取り組んでいる最中です。ここは成果が出たと言える段階ではありません。ただ、「平日で何室泊足りないか」を数字で言えるようになっただけで、打ち手を選ぶのがずいぶん楽になりました。
ここまでを、自分の宿の数字で出す手順にします。用意するのは、予約台帳と、OTA(楽天トラベルやじゃらんなどの予約サイト)の管理画面と、通帳の3か所だけです。試算表も決算書も要りません。
先月の1ヶ月分で出します。上から順に埋めてください。
数え方で、1か所だけ気をつけてください。数える単位は、最初から最後まで「室泊」でそろえます。部屋1室に1泊で1室泊です。OTAや広告の管理画面に出てくる「予約件数」は、申し込みの単位なので別ものです。2泊のご予約でも1件と表示されます。件数のまま計算すると、必要な数が実際より少なく見えます。2泊のご予約は2室泊、2泊で2部屋なら4室泊に直してから使ってください。
もう1つ。最初から完璧に出そうとしないでください。請求の月とお客様が泊まった月がずれる、といった細かいところは、最初は「先月に払った分」で割り切って構いません。毎月同じやり方で出していれば、月ごとの比較には使えます。精度は、あとからいくらでも上げられます。まず1回、採算稼働率を紙に出すことのほうが、はるかに大事です。
1室泊あたりの粗利の出し方は、この記事では要点だけにしています。手数料や食材費の拾い方まで細かく書いたものが「旅館経営が厳しい理由を5つの数字に分解する」にあります。粗利のところでつまずいたら、そちらを開いてください。
採算稼働率を出したとき、いちばん大事な分かれ目があります。それは、出た数字が100%を超えていないか、です。
先ほどの宿で、粗利だけを変えてみます。1室泊あたりの粗利が1万円しかない、薄利の宿だったとします。すると必要な室泊数は、固定費300万円 ÷ 粗利1万円 で300室泊です。最大が300室泊なので、採算稼働率は 300 ÷ 300 で100%です。つまり、1ヶ月まるまる満室にして、ようやくトントンです。
もし粗利がもっと薄いか、固定費がもっと重ければ、採算稼働率は100%を超えます。100%を超えるというのは、満室にしても黒字にならない、という意味です。
この宿が、稼働率を上げる努力をしても、黒字には届きません。満室が上限だからです。ここを勘違いすると、埋めても埋めても苦しい、という状態から抜けられません。
採算稼働率が100%を超えたら、直す場所は稼働率ではありません。次のどちらかです。
採算稼働率を出す価値は、じつはここにあります。稼働率を追うべき宿なのか、それとも粗利や固定費を先に直すべき宿なのか。この2つを、数字で見分けられるからです。
「稼働率が低いから厳しい」と思い込んで、埋めることばかりに力を注いでいる宿は、少なくありません。ですが採算稼働率が100%を超えていたら、埋める前にやることがあります。この見分けができるだけで、力の入れどころが変わります。
ここまで、採算稼働率という1つの物差しの話をしてきました。最後に、この物差しで測れないことも、正直に書いておきます。
私たちも、関わり始めた頃は「稼働率さえ上がれば黒字になる」と思っていました。それで、平日を値下げして埋めた時期があります。
結果は、稼働率は上がったのに、手元のお金は増えませんでした。粗利が残らない価格で埋めたからです。あとで採算稼働率の考え方を通してみて、理由が分かりました。値下げで粗利を削ると、採算稼働率そのものが上がって、ゴールが逃げていたのです。
だから、いまは「その粗利のまま埋められるか」を先に確かめます。埋める前に、粗利を守る。順番はこちらです。
採算稼働率は、あくまで毎月の目安です。この%を超えたからといって、会社が安全というわけではありません。
この式には、乗っていない支出があります。数年に一度の大規模な修繕、設備の入れ替え、税金です。どれも金額が大きく、月ごとの計算には入ってきません。ですから、大きな支出まで含めた本当の資金繰りは、この紙を持って税理士さんに相談してください。話が早く進みます。
先月、私たちの宿では、温泉の設備に重い不調が見つかりました。すでにいただいていたご予約は、全件お断りしました。採算稼働率も、必要な室泊数も、このときは何の役にも立ちませんでした。
数字は「直せる場所」を教えてくれます。ですが、直せない場所があることまでは教えてくれません。営業の再開時期は、いまのところお約束できる段階にありません。それでも、この記事を書いています。うまくいった話だけを並べるのは、誠実ではないと考えているからです。
最後に、正直なことを書きます。私も、この宿に関わり始めた頃は、自分の宿の採算稼働率を即答できませんでした。稼働率の数字は言えるのに、それが黒字ラインを超えているのかは、言えなかったのです。その状態から始まりました。
採算稼働率を1回出すのに、30分もかかりません。明日、電卓を1つ持って、出してみてください。「うちは何%あれば黒字か」への、あなたの宿だけの答えが、そこに出ます。継ぐか続けるかという、もっと手前の入口で迷っている方は「旅館の廃業・事業承継を考える前に」から読んでください。
全国の平均値は、国の宿泊統計や旅行系の記事で調べられます。ただ、その数字を知っても、あなたの宿が黒字になる稼働率は分かりません。平均は、大きなホテルから小さな宿までを混ぜた数字だからです。同じ稼働率でも、固定費と1室泊あたりの粗利が違えば、黒字になる宿と赤字のままの宿に分かれます。まず自分の宿の採算稼働率を出してください。
決まった数字はありません。「固定費の月額ライン ÷ 1室泊あたりの粗利」で必要な室泊数を出し、それを「総室数 × 営業日数」で割ると、あなたの宿の採算稼働率が出ます。この%を超えた月は黒字、下回った月は赤字です。部屋数も、粗利も、固定費も宿ごとに違うので、答えも宿ごとに違います。
先に確かめるのは、上げることではなく、1室泊あたりの粗利です。粗利が残らない価格のまま稼働率を上げても、埋めた分だけ赤字が増えます。値下げで部屋を埋めると粗利が下がり、採算稼働率そのものが上がってしまいます。まず粗利を確かめ、その粗利を保ったまま埋められるかどうかで、稼働率と客単価のどちらを先に触るかを決めてください。
満室にしても黒字にならない、という意味です。この場合、稼働率を上げる努力をしても届きません。直す場所は稼働率ではなく、1室泊あたりの粗利を上げるか、固定費の月額ラインを下げるか、のどちらかです。粗利が薄すぎるか、固定費が重すぎるかのどちらかが起きています。埋める前に、その2つを先に見直してください。
自分の宿の採算稼働率の出し方、平日の埋め方のご相談を承っています。私自身が、廃業寸前だった旅館を引き継いだ当事者として、実感をもとにお話しします。支援内容のくわしい説明は「旅館・宿の集客支援」のページをご覧ください。
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