旅館をM&A(事業譲渡)で引き継いだあとの手順。
許認可・定款・商標・設備の順番と、登録免許税12万1,000円の内訳

事業譲渡で引き継いだ、創業140年の温泉旅館の外観

旅館のM&Aについて書かれた情報は、ほとんどが「売る・買う」までの話です。私たちは、休館していた創業140年・全9室の温泉旅館を事業譲渡で引き継ぎました。正式に事業を引き継いだのは、2026年7月27日です。その日に私がしていたのは、厨房のカビの確認と役所回りでした。契約のあとに続いた許認可・定款・商標・設備の引き継ぎを、実際の日付と登録免許税の内訳で書きます。

事業譲渡の契約のあとに、許認可・定款・商標・設備の引き継ぎが続く

事業譲渡では、契約を結んだあとも宿を開けるための引き継ぎが続きます。手続きを時期で3つに分けると、次のようになります。

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契約の前に、引き継ぐ形と旅館業の承認の段取りを決める。株式譲渡か事業譲渡かを決めます。私たちは事業譲渡を選びました。旅館業の承継の承認は申請の時期で使えるかが変わるので、保健所への相談もこの時期に始めます。
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事業を引き継いだ日に、設備の状態を見て許認可の窓口を回る。私たちは2026年7月27日に、厨房のカビを確かめてから環境省と役場を回りました。
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引き継いだあと営業再開までに、定款と商標と設備を整えて保健所の確認を受ける。定款に旅館業を足す登記、商標の移転登録、設備の入れ替えを並行して進め、開ける前に保健所の確認を受けます。

同じ時期の中にも、同時に動かせるものと順番が決まっているものがあります。分け方と私たちの宿の実際の日付は、07の工程表の章で書きます。

株式譲渡と事業譲渡は、許認可が会社に残るかどうかで手間が変わる

旅館のM&Aには、大きく2つの形があります。会社ごと引き継ぐ株式譲渡と、必要な資産・契約・従業員だけを選んで引き継ぐ事業譲渡です。

株式譲渡では株主が替わるだけで、会社はそのまま残ります。そのため許認可や取引先との契約も、原則として会社に残ったままです。そのかわり、借入や帳簿に出ていない負債も引き継ぎます。

事業譲渡では、引き継ぐ範囲を自分で選べます。ただし、許認可や契約を一つずつ引き継ぐ手続きが増えます。

株式譲渡と事業譲渡の違い。株式譲渡は会社をまるごと負債も含めて引き継ぐ、事業譲渡は資産・契約・従業員など必要な部分だけを選んでリスクの範囲を見える化して引き継ぐ

私たちは、事業譲渡を選びました。引き継ぐ範囲を自分で決めて、引き受けるリスクの範囲を見える形にしたかったからです。その分、この先の章で書く手続きを一つずつ自分たちでこなしました。

そもそも廃業か承継かで迷っている段階の方は、「旅館の廃業・事業承継を考える前に」を先にお読みください。相談の場に何を持っていくかは「旅館の事業承継を相談する前に」にまとめています。

旅館業・温泉・国立公園の許認可は、窓口ごとに引き継ぎの手続きがある

引き継ぎの中で、私がいちばんつまずいたのが許認可です。旅館業の許可は、建物と一緒についてくるものだと思っていました。実際は、窓口ごとに引き継ぎの手続きがありました。

私たちの宿では、許認可が3つの窓口に分かれていました。

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旅館業の許可の窓口は保健所。宿として人を泊めるための許可です。
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温泉を使う権利の窓口は役場。温泉は、湧いていても自由には使えません。権利を持つのは誰か、温泉を今どう分けているか、事業譲渡でどう引き継ぐかを、役場で半日かけて教わりました。
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国立公園の許認可の窓口は環境省。宿が国立公園の中にあるので、環境省の許認可も引き継ぎます。窓口は宿から山を越えた先にあり、書類を持って説明に行くと半日かかりました。

旅館業の許可は、2023年12月13日から引き継ぎ方が変わりました。譲る側と譲り受ける側が都道府県知事などの承認を受けると、譲り受ける側が営業者の地位を引き継げます(旅館業法第3条の2)。それより前は、事業譲渡では許可を取り直す必要がありました。

この承認を使えるかどうかは、申請を出す時期によって変わります。契約の日を決める前に、所管の保健所に相談しておきます。旅館業の引き継ぎは、契約の前から考え始める手続きです。

どの許認可が要るかは、宿の場所と設備によって違います。国立公園の外にある宿なら、環境省の手続きは出てきません。自分の宿にある許認可を一覧にして、窓口ごとに「引き継ぐには何が要るか」を聞いておきます。この一覧は、契約を結ぶ前から作れます。

宿を始めるのに要る許可とお金の全体は「旅館経営を始めるには何が要るのか」にまとめています。

引き継ぐ会社の定款に旅館業を足すと、登録免許税が3万円かかった

許認可と並行して、引き継ぐ側の会社も整えました。2026年7月29日に、会社の定款の事業目的に旅館業が入っていないと気づいたからです。

定款は、その会社が何をする会社かを書いた決まりです。宿を引き継いだのに、会社の決まりには旅館業が書かれていませんでした。

事業目的を変えるには、株主総会の特別決議が要ります。私たちは7月30日に決議して、目的の変更を登記しました。一度の変更で旅館業を含めて9つの目的をまとめて足したのは、この先やりそうな事業も同じ回で載せておくためです。

この目的変更の登記で、登録免許税が3万円かかりました。登録免許税は、登記のときに国に納める税金です。収入印紙を書類に貼って納めます。足す目的が1つでも9つでも、1回の変更登記なら3万円です。

M&Aでは、譲る側と譲り受ける側の契約に目が行きます。譲り受ける会社が旅館業をできる形になっているかも、契約の前に定款を開いて確かめます。

商標は判子を押しても移らず、特許庁の原簿に移転を登録して移る

事業譲渡では、宿の名前やロゴの商標も一緒に譲り受けることがあります。私たちも、宿の商標を事業と一緒に譲り受けました。

私は譲渡契約に判子を押した時点で、商標も移ったと思っていました。実際は、1件も移っていませんでした。商標の移転は、特許庁の原簿に登録して初めて効力が生じるからです(商標法第35条で準用する特許法第98条)。

原簿の中身は、特許庁が無料で公開しているJ-PlatPatという検索サイトで誰でも見られます。私たちが譲り受ける商標は3件で、名義の変更の記録は1件もありませんでした。

さらに3件のうち1件は会社の名義で、その会社は途中で商号を変えていました。原簿には、変える前の名前が載ったままです。このままでは、原簿の名前と申請書の名前が合いません。先に原簿の名前を今のものに直す「登録名義人の表示変更登録」を出し、そのあとに移転の登録を出す順番になりました。

商標の移転登録にかかる登録免許税は1件3万円なので、3件で9万円になります。表示変更の登録は1件1,000円かかります。04の定款の3万円と合わせると、登記と商標で合計12万1,000円です。商標の登録免許税は、収入印紙ではなく特許印紙で納めます。

自分で書類を作った手順と費用の内訳は「登記と商標を自分でやってみた」にくわしく書いています。

3か月閉めていた宿の厨房は、保健所の確認の前に使えるものと入れ替えるものに分ける

許認可と登記が紙の手続きなら、設備は現物の手続きです。事業譲渡で引き継ぐのは宿の営業なので、建物や設備の状態は自分の目で確かめます。

私たちが引き継いだ宿は、3か月ほど人が使っていませんでした。事業を引き継いだ日に厨房に入ると、壁にも鍋つかみにも置きっぱなしのはかりにもカビが広がっていました。3か月前まで、毎日人が立っていた場所です。

設備は、掃除で終わらせないことが大事です。厨房にも客室にも、拭けば使えるものと入れ替えるものがあります。この2つを一つずつ分けて、入れ替えるものの手配を先に始めます。

開ける前には、保健所の確認が入ります。きれいにしたつもりでは通りません。設備の仕分けは、保健所の確認の日に間に合うように逆算して進めます。

閉めている期間が長いほど、入れ替えるものは増えます。私たちの宿では3か月でこの状態でした。譲渡の交渉が長引きそうなときは、そのあいだも誰かが厨房に風を通せるかを契約の前に話しておきます。

工程表は営業再開の日から逆算し、並行できる手続きと順番が決まった手続きに分ける

ここまでの手続きを、工程表に並べ直します。工程表は契約の日ではなく、営業を再開する日をゴールに置いて逆算します。契約の日をゴールに置くと、そのあとの引き継ぎの時間が工程表から抜け落ちるからです。

手続きは、2種類に分けて色を変えます。

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並行して進められるもの。許認可の窓口への相談・定款の変更と登記・商標の原簿の確認と書類づくり・設備の仕分けです。どれかの完了を待たずに動かせます。
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順番が決まっているもの。旅館業の承継の承認は、申請の時期を保健所と相談してから契約の日を決めます。商標は、表示変更の登録を出してから移転の登録を出します。営業の再開は、許認可の引き継ぎと保健所の確認が済んでからです。

私たちの宿の実際の日付は、次のとおりです。7月27日に事業の引き継ぎが完了し、その日のうちに厨房を確かめて環境省と役場を回りました。7月29日に定款の事業目的の不足に気づき、7月30日に変更を決議しました。商標の移転と設備の入れ替えは、そのあとも続きました。

並行できるものを1人がまとめて動かすと、待ち時間が減ります。順番が決まっているものは、最初に工程表のいちばん上に書いておきます。

契約を結ぶ前に、許認可の一覧・定款の事業目的・商標の原簿を確かめる

私たちが契約の前にやっておけばよかったと感じた確認は、次の3つです。どれも、相手の宿の協力があれば契約の前にできます。

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宿にある許認可を一覧にする。旅館業の許可・温泉・国立公園など、宿にある許認可を書き出します。窓口ごとに「事業譲渡で引き継ぐには何が要るか」を聞き、旅館業は承認の申請の時期を保健所に相談します。
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引き継ぐ会社の定款の事業目的を開く。旅館業が入っているかを見ます。入っていなければ、ほかに足したい目的とまとめて1回の変更登記にします。登録免許税は1回3万円です。
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J-PlatPatで商標の原簿を見る。譲り受ける商標の件数と名義を見て、住所や商号が今のものと合っているかを確かめます。合っていなければ、表示変更の登録が先に要ります。

3つに共通するのは、契約を結べば終わりと思い込まないことです。私たちも、契約の日をゴールだと思っていました。実際は、その日が引き継ぎの始まりでした。

後継ぎを探す側の話は「旅館の後継者の探し方」に、引き継いだ初日の棚卸しの話は「「地方継承」という考え方」に書いています。

よくある質問

旅館のM&Aで、事業譲渡と株式譲渡はどちらを選べばいいですか。

引き継ぐ範囲を選びたいなら事業譲渡、手続きを少なくしたいなら株式譲渡です。株式譲渡では、許認可や契約が会社に残ります。そのかわり、借入や見えていない負債も引き継ぎます。私たちは、引き継ぐ範囲を自分で決めるために事業譲渡を選びました。

旅館業の許可は、事業譲渡で自動的に引き継がれますか。

自動では引き継がれません。2023年12月13日からは、譲る側と譲り受ける側が都道府県知事などの承認を受けると旅館業の営業者の地位を引き継げます。承認の申請を出す時期で、この制度を使えるかが変わります。契約の日を決める前に、所管の保健所に相談してください。

事業譲渡の契約が終われば、すぐに営業を始められますか。

すぐには始められません。契約のあとも、許認可の引き継ぎ・会社の定款と登記・商標の移転登録・設備の仕分けと保健所の確認が続きます。工程表は、営業を再開する日から逆算して組みます。

事業譲渡のあとの手続きに、登録免許税はいくらかかりますか。

私たちの場合は、合計12万1,000円の計算です。内訳は定款の事業目的の変更登記が3万円と、商標の移転登録が1件3万円で3件の9万円です。これに、商標の名義の表示変更登録の1件1,000円が加わります。専門家に頼む場合は、これとは別に報酬がかかります。

M&Aや事業譲渡の相談だけでもできますか。

できます。引き継ぐかどうかを決めていない段階のご相談も承っています。私たちは、休館していた旅館を事業譲渡で引き継いだ当事者です。契約のあとに何が続くかを、実際の順番でお話しします。